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【伊佐市】夏にだけ姿を見せる日本の近代遺産|曽木発電所遺構

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いつもは鶴田ダムの湖底に沈んでいるため見ることは出来ませんが、ダムの水位調整を行う6月から9月の間だけその姿を見せる曽木発電所遺構。

九州の廃墟や遺構として取り上げられ事も多くなり、全国的にも有名になってきました。

ヨーロッパの古城を思わせるその佇まいは、どこか人を惹きつける魅力があります。

そんな、夏にしかその姿を見せない曽木発電所遺構を見に行ってきました。

 

駐車場から歩いて5分程度で展望台へ到着

 

駐車場に到着、結構広いです。

 

案内通りに進んで展望台へ向かいます。

 

5分ほどで展望所に到着しました。

明治時代の面影を強く残した建物で、とてもいい雰囲気です。

 明治40年(1907)、曽木の滝のすぐ下に曽木第一発電所が完成し、大口に始めて電灯がともることになった。出力は800キロワットであり、大口にあった3ヵ所の金山の動力源や近郊町村の電灯用に供給しても、半分の電力でまかなうことができたため、余剰電力を送電して水俣にカーバイド(漁船や自転車の点灯燃料)工場を建設した。
 明治42年(1909)には、第一発電所に代り、約1.5km下流に発電量約6700キロワットの第二発電所が完成した。レンガ造りの洋風建築の発電所もさることながら、ドイツのジーメンス社製の発電機の導入や5つのトンネルや水路橋を持つ約1.5kmの導水路建設が示すように、一大事業であったため、全国から技術者や作業員が集まり、下ノ木場集落は再び活気に包まれた。
 曽木の滝右岸から取水し、現在の曽木の滝公園下、下ノ木場地区へと続く導水路を流れて、発電所の4本の水圧鉄管から一気に落としていた訳であるが、現在でも発電所やヘッドタンクの一部、水路やトンネルの大部分が残り、スケールの大きさを物語っている。
 鶴田ダム建設にともない集落は移転し、約60年にも及ぶ発電所の歴史も幕を閉じ湖底に沈むこととなったが、水の力を利用した発電はクリーンな自然エネルギーであり、また電気化学工業の発祥のきっかけとなった曽木発電所は、湖底から現代に静かにメッセージを送り続けている。

曽木発電所遺構の概要
曽木発電所遺構は、川内川の中流にある曽木の滝(東洋のナイアガラ)の約1.5㎞下流にあります。
いつもは鶴田ダム(西日本最大級の重力式ダム、昭和42年完成)がつくる大鶴湖の底に沈んでいて、洪水に備えて貯水位を下げる五月から九月にかけて優美な姿を湖面に見せてくれます。
この曽木発電所遺構は明治42年(1909)に、日窒コンツェルンの創始者で、我が国の代表的経済人である野口遵(ノグチ・シタガウ)により建設された水力発電所で、東西に幅43m、奥行20m、高さ19m、総面積2207.7㎡(約669坪)の2階建一部3階建であり、鹿児島県に唯一残る明治時代建造のレンガ造り建造物です。また、当時は水俣のカーバイト工場《チッソ㈱水俣製造所》に電力を供給して、我が国の電気化学工業発祥のきっかけになった貴重な近代化産業遺産でもあります。

展望所にある案内板より転載

もう100年以上前に建てられた曽木発電所遺構ですが、当時はチッソ㈱水俣製造所に電力を供給していたんですね。

「ん、チッソ??」

チッソってそう言えば水俣病を引き起こした会社だったような・・・・

日本の近代化に貢献した曽木発電所の電力ですが、水俣病を発生させてしまっていたんですね。

発展のためには無くてはならない物が、一方では今もなお人々を苦しめている負の遺産として残っている、、、表裏一体という皮肉な運命ですね。

色々な思いはありますが、日本の近代化遺産として曽木発電所遺構を大切に遺していってもらいたいと思いました。

 

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施設情報

名称 / 曽木発電所遺構
住所 / 鹿児島県伊佐市大口曽木
TEL / 0995-22-1111
営業時間 / 通年 渇水期の6月から9月に建物の姿が見えます。
料金 / 無料
アクセス / 大口ふれあいセンターから車で約15分
駐車場 / 有り
サイト / 伊佐市ホームページ

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